うつ病の改善例・手記
 =自己洞察法によって症状が改善した事例

 マインドフルネス総合研究所の新しい心理療法(マインドフルネス、アクセプタンスを中心とした「自己洞察瞑想療法」)で、うつ病が改善した方の手記を掲載します。
 薬物療法では治らなかったうつ病で、すぐ前に、自殺念慮まであったひどいうつ症状が改善され、再就職もはたし、その後、順調に勤務しておられます。
 本書を出版するにあたって、筆者が体験談を依頼したものです。
 同じようなことで、悩む人に役立つならば、自分の体験を発表してもよいということですので、ここに、掲載させていただきます。
 初めてカウンセリングにこられた時、20代の独身女性でした。
プライバシー保護のため、ご本人と同定されるような情報は含んでおりません。 (*筆者注)は、手記にはないもので、本書の筆者が加えたコメントです。

1)うつ病になる
<前年の春ころから>

   カウンセリングに行く前年の春ころから、うつになりました。 うつ病は、当時事務職員として勤務していた精神科での仕事上のストレスが主な原因となって発病しました。
 ただ、そのことはきっかけであって、いつ鬱病になってもおかしくないような、次のことをかかえていて、いつもギリギリの状態で生きていたことも原因であると思います。
 その全てをギリギリで耐えていて、その出来事をきっかけに全てがもろく崩れたようでした。 ただただ自分の無力さに絶望していました。頑張っても頑張っても報われないことに生きる希望もなくしていました。
 母を亡くしたら生きていけないのでは・・・という恐怖も常にありました。 母子依存がとくに強く、そうならざるをえない環境に育ったことを恨んだこともありました。

2)薬物療法による治療の経過

<前年10月>

病院へ通院、そして薬物療法
 薬はまず軽い眠剤から始めました。初めて心療内科に行ったのは、前年の10月です。
 いつでもどこでも寝られるくらい普段から睡眠力には自信があったのですが、寝付けない、また中途覚醒の時間がどんどん早くなっていく、その間がものすごく苦しい・・・という状態が続くようになり、ちゃんと眠れるようになればなんとか頑張れるのではないかという期待もあり、眠剤をもらう決心をしました。初めは眠剤を飲むことにすら抵抗がありました。軽い眠剤では全く効果がなくなり、徐々に強いものに変わっていきました。
 抗うつ剤もまもなく処方されたのですが、副作用に対する不安と、抗うつ剤そのものに対する不安でなか飲むことができずにいました。
 発病する前に、一人の医者の本音も聞いたことがありました。「うつ病はなおらない。」と。
 11月ごろから抗うつ剤(ルボックス)を飲みはじめました。治るなら・・・と思い、行ってみた東京のセラピー(1回15000円もしました)ではどうにもならないと感じ、体も限界だったので、少しでも楽になれるのならという思いでした。そのころの睡眠剤も短時間のものでは全く効かなかったので、長時間のロヒプノールを処方してもらっていました。
 休職して、本格的に薬物治療を始めました。
 トレドミンを25mgからはじめ、最終的には一日の最大使用量の1.5倍の125mgまで量は増えました。他の世代の抗うつ剤も勧められたのですが、副作用に苦しむ患者さんを沢山知っていたので、拒みつづけていたので、やむをえずトレドミンを最大使用量以上に増やすことになりました。3〜4ヶ月ぐらいその量だったと思います。
<カウンセリングに行くことになる年1月〜4月>

起き上がれない
 一番症状がひどかったのは12月から2月ぐらいでした。そのころはベットから出るのも億劫で、ひどい日は1mはなれたヒーターの電源に手を伸ばすこともしんどいくらいでした。トイレに行くのにも思い立ってから何時間も経たないと動けなかったり、外の駐車場にある車までもがものすごく遠い場所に感じていました。
 友達の誘いもほとんど断っていたのですが、友達との時間を持つことと、長年やっていた 同好グループの集まりに行くことは、社会とのつながりを保つ数少ない支えでもあったので、体調がよいときは多少無理をしてでも夜だけは外にでるようにしていました。
 少しずつパソコンに向えるようになってからは、ひたすらうつ病からの脱出方法についてばかり検索していました。 本も10冊以上は読みました。それ以外の本は全く頭に入ってこないのに、なぜかうつ病についての本だけは読めたことも、今思えばとても不思議です。
 人とコミュニケーションをとることがものすごく辛かったので、心を許した友達と会うのが精一杯で、ひどいときはスーパーのレジでおつりをもらう手が震えることもありました。
 うつ病を克服したひとは、あの苦しみを忘れてしまうということをある本で知りました。この苦しみを忘れることができることなんて正直信じることはできませんでしたが、忘れてたまるもんかという気持ちと、グルグル頭の中を駆け巡る苦しさを吐き出すためにも、大学ノートに思うことを全部書くことを2月ぐらいからはじめました。5月のはじめまで書き続け、大学ノート2冊分になりました。今読み返しても恐ろしいほどの内容で、確かに今現在あの苦しみを体感していない自分にとっては、ありえないような世界に思います。
 3月には同じ苦しみを分かち合える人と話すことができれば何かが変わるのでは・・・という期待もありうつ病の自助グループにも2度参加してみました。しかし、正直うまく機能を果たせていないような印象を受け、通うことは断念しました。

自殺も考えた
 休職扱いだったのを、4月に退職をしたこともあり、絶望感は以前つづいていました。マインドフルネス心理療法にたどり着くまで、自殺願望がものすごくあったことも正直なところで、合わない睡眠剤を何度も変更しているうちにあまっていた睡眠剤を沢山残していて、もうだめだと思ったら飲むしかないとひそかに思っていました。(自殺願望については、「4)抑うつ気分が改善」の項にも記載しています)
 初めてカウンセリング予約のためにメールさせていただいたときの、短文を打つのが精一杯で、約束していただいた当日もぎりぎりまで起き上がれずに、行こうかどうか迷っていたほどでした。

3)カウンセリング開始
<発病してから1年ほどたった年の4月>


マインドフルネス心理療法のカウンセリングを受ける

 薬物療法を開始して、6か月になるが、一向に改善しませんでした。インターネットで検索してみつけたカウンセリングの団体(マインドフルネス総合研究所の前身)に、カウンセリング予約のメールを送りました。その短いメールを打つのさえ、やっとの思いでした。面接の予約の日にでかけました。
 面接では、いつも、カウンセラーのお二人から指導を受けました。 発病の頃の様子、これまでの薬物療法の経過、現在の様子などをきかれて、お話ししました。そして、その後、なぜうつ病になるのか、薬物療法で治らない場合でも、新しいカウンセリング手法で治る可能性のあるわけを説明していただきました。
 そして、呼吸法の行いかた、日常生活の行動の中での心得(食事中の心得を実際、お菓子を食べながら五感覚に注意を向けている方法を教えてもらいました)を指導してもらいました。そして、次の面接までに、自宅で行なう課題を与えられました。

4)抑うつ気分が改善
<マインドフルネス心理療法を開始して1カ月経過>

 課題のいくつかを実行し始めて、1週間すると、不思議なことに気分が少しよくなってきました。先週までと違うのは、呼吸法、水泳をやったことでした。朝起きるようになって、する時間が多くあるので、クッキーを作ってみようという意欲が出てきて、本を見ながら作ってみました。カウンセラーの方にもさしあげようと作りました。
 初回の面接から2週間後に、2回目の面接に行きました。その時、クッキーをさしあげて、こんな意欲が出てきた、とお話ししますと、大変喜んでくださいました。
 この時以後は、うつ病のこと、感情処理のこと、呼吸法のこと、セロトニン神経や前頭前野のことなどの説明が図に書かれたプリントを渡されて説明されたことと、呼吸法の実習の2本立てでした。また、2回目には、「活動スケジュール表」を渡されて、毎日の目標(朝起きる、呼吸法、軽い運動などの課題)を設定しておいて、毎日、実際、どうだったかを記入するようなフォームでした。私は、それに記入して、面接のたびに持参しました。
 自分がうつ病を起こしたり、治らないのは、繰り返し同じ反応パターンをするからで、それを分析する図、苦悩の循環図も教えられました。
 約1カ月経過して、抑うつ気分や無気力、自己否定観が劇的に好転しました。嬉しくて、5回目のカウンセリングに行った翌日、次のようなメールを送りました。なお、その後の「」もカウンセリングの先生に送ったメールから抜き出した言葉です。(見出しは、この手記を書くにあたって挿入したもの)

<2カ月経過>


 「お世話になっております。 カウンセリングを受けさせていただいている○○です。 おかげで、あの苦しみから解放されることができ、 本当に感謝しております。 うつの苦しみから解放されても、やはりまだ不安に感じることも あり、呼吸法を大切にし、身につけていきたいと思っています。 昨日のカウンセリングを受けて、こんなにも改善できていることに 自分でも正直驚き、本当に大丈夫なのか?無意識のうちに 無理をしているのではないか?という疑問が涌いてきました。 あの苦しみは2度と味わいたくありませんので、改善できてきていることに 油断せずにいたいと思います。 きちんと自分自身の中で振り返りをしたいと思い、その振り返りを 報告できたらと思いメールしました。」

つらい日々
 「うつ病になって辛かったのが、その全てをできなくなったことでした。 起き上がることができないので、トイレに行くことすら辛い・・・トイレを何時間も ベットのうえで我慢することが、普通になっていました。トイレすらものすごく 遠いのだから、駐車場の車まで行くことは本当に気力のいることでした。 そんな体の状態で仕事を続けていたのは、今振り返れば自分でも不思議です。 抑うつがひどい時は、正しい判断ができないという話が昨日の話題の中で でてきましたが、本当にその通りでした。その時の自分には、「仕事に行くか 死ぬか」の選択肢しかなかったのです。仕事でなんとかもっているような状態だから、 仕事を休んだら自分はダメになってしまう。休んでも家で寝ていること以外 何もできないから苦しい。仕事に行くことも苦しいし、休むことも苦しい、だから 死ぬしかない。毎日どうやって死ぬか・・・そればかり考えていました。その頃、長時間の 眠剤しか効かなくなっていたので、それまでもらっていた眠剤がたくさんあまっていていて、 死ねるのかな・・・とそれを捨てられずにいました。 その時点で、自分で休職する判断などもちろんできませんでした。理解のある職場で、業務命令で休職にしてもらえたことが、今思えば一番始めの 命拾いだったように思います。それでも、休職することに対して、最後まで抵抗していました ので、やはり正常な判断は全くできていませんでした。」

死にたい、本当に本当に苦しかった
 「なんとか一命を取り留めて休職したのですが、多少落ち着きは取り戻せたものの、 抑うつは強く、とても苦しい時間をずっと過ごしていました。過去の後悔と 未来への不安でいつもいっぱいで、休息なんてできたものではありませんでした。 うつで一番つらいのはやはり、死にたいという気持ちでした。死にたいけど、 死んではいけない。まさに生きることが終身刑のようでした。死に対しての考えも 正常ではなかったので、TVで事故や事件で亡くなった人に対して、責められることなく 死んだのだからうらやましい、とさえ思っていました。逆に自殺した人や殺人を犯してしまった 人に対して同情の気持ちがありました。自分には全く価値がない、世界の人を 価値のある順番にならべたら(そんなものはなくみんな同じように価値があるのだと 今は思いますが)自分は最下位にいる。自分がいても迷惑をかけるだけ。でも、 自分が自殺をしたらもっと迷惑をかける。自分が持っている荷物の山を片付ける 姉達のことを思ったら、申し訳ない。お葬式の費用も残せずに死ぬことも申し訳ない。 自分が死んだら悲しむ人がいる、ことよりも迷惑をかけてしまうから、自殺はしてはいけない。 そう考えていました。この両腕をなくせば元気を取り戻せるなら、腕なんていらないから うつから解放されたい。腕がなくて大変な思いをしている人に対しても申し訳ないのですが、 そんなことを毎日思っていました。うつは苦しい、本当に本当に苦しかったです。」

カウンセリングを開始して2か月、日常いつもおだやかなことが多くなった

 「うつの苦しみの中にいた時はもちろんですが、うつ病になる前と比べて 自分自身で変わった点は、心がいつも落ち着いているということです。 以前の私は常に忙しくしており、忙しさの中で自分を保つことに快感さえ 覚えていました。 休む時間を犠牲にしてでも、仕事・勉強・遊び・趣味・人のためになること、  それらを全てこなすことで、自分の存在価値を見出そうとしていました。 いつも時間に追われていて、車の運転でも80〜100km/h出すのが 当たり前で、そのうえ運転しながらメールの返信をするのも日課でした。 食事をゆっくり味わう時間などなく、TVを観る暇もなく、睡眠時間も短いのが 当たり前で、平日も予定でいっぱい、土日も休む暇なく動きまわっていました。」

朝起き、朝ごはん、呼吸法で、変わった
 「あの状況から今の自分がいることが本当に不思議なのです。何が変わったのか、 それをきちんと理解しておきたい、それをこれからの人生に役立てたいと思います。 話が少々ずれてしまいましたが、先ほども書いたとおり、心が落ち着いているということ があります。他の人も認める大きな違いが車の運転なのです。スピード狂だった私が、 時に法定速度以下で運転していることもあるのです。さすがにそれは逆に危険だから もう少しアクセルを踏むように、友達につっこまれましたが・・・大きく考えると 生き急ぐことをやめたというか、以前の私はいつでも全力で動きまわり考えていることが マイペースだったのですが、そのマイペースがものすごくゆっくりになったように思います。 抑うつがなくなったことが嬉しくて、ついつい前のペースに戻ってしまいそうになった時も あったのですが、そこできちんと学習をすることができました。 「油断しないで、今は呼吸法を続けることを大切にするように」という アドバイスのおかげです。呼吸法をする時間を持つことで、心にリセットする時間が もてるようになった感じで、ただ忙しく用事をこなすのではなく、取捨選択ができるように もなりました。今すぐやる必要のないことを無理してやらずに、まず一息おく。 その間に本当に大切なものが見えてくるように思います。 このゆっくりペースの維持と呼吸法の習慣は、この先仕事をまた始めた時にもきちんと 続けていきたいと思います。 それから、朝食を食べるということもものすごく自分にとって大きな効果があったように思います。 朝起きられないのが本当に辛かったのですが、朝起きることがセロトニンの分泌のためにも 良いこと、そして朝食でブドウ糖を摂ることが、前頭前野の働きのために大切であること、 そのことを教えていただいたおかげで、今までほとんど食べることがなかった朝食を食べることが、 習慣になったのです。うつが治るならと頑張って始めたのですが、ちゃんと工夫して作って 食べることが楽しくなり、作った料理をデジカメで撮影して残しておくようにしました。そのうちに、 昼食、夕食を作るのも楽しくなり、毎回デジカメで出来上がりを撮影して、自己満足しています。 本当に不思議なもので、朝食をきちんと食べると、午前中から活動ができるのです。 炊事が楽しいと自然と他の家事も楽しくなってきました。一日中もしくは午前中いっぱいは 起き上がれなかったころは、一日が苦しいだけであっという間にすぎていたのですが、 朝から起きられるだけで、こんなにも充実した楽しい一日が送られることに感謝しています。 料理がうつ病回復のきっかけになるというのも、納得です。」

睡眠薬が不要に
 「何より嬉しいのが睡眠剤のお世話にならなくなったことです。生活のリズムが正常に戻りつつ あるので、夜普通に眠くなるようになったのです。心が依存してやめられないのでは・・・ と不安だったのですが、まず一つ薬をやめられました。できればもう少し早く起きられるように なることが目標なので、この調子で焦らずやっていこうと思います。」

受け入れて転じるこころの使い方を呼吸法で体得した
 「抑うつの苦しみから解放されるうえで、とても自分の中で心に響いたのが「受け入れて 心を転じる」ということでした。苦しいこと嫌なことを思い出してしまうことは自然なことで 誰にもあり得る当たり前のことなのであるから、それを嫌わずに受け入れて流してしまう。 うつ病の苦しみから逃れたい、そのためにどうすればいいのかを模索して、いろんなことを 調べたり試したりしてみて、行き着いた答えは結局自分自身で解決していくんだってこと でした。でもそれはどうすればいいのか? この先もたくさんの苦しみや悲しみを乗り越えて いかなければならないのに、この弱い心でどう対処していけば良いのか?
 その答えがこれだったと思います。後悔、恨み、妬み、でいっぱいだったあの頃が うそのように今は心が晴れています。この先も何事にも動じない心を得るためにも、 受け入れて心を転じること、辛いと感じたときには呼吸に意識を向けることを、 続けて訓練していこうと思います。
 何があっても心を入れ替えて、嫌なことはすぐ忘れてしまう人はうらやましいな・・・
と思っていました。自分はなぜこんなに考え込んでしまうのだろう・・・と生まれながらの 性格や育った環境のせいにして自分もそうなれるとは思えずにいました。でも、 訓練すればなれるのですね。といってもまだまだ努力が必要ですが、明らかに変われた 自分を実感できるので、なれるのだと信じることができています。
 長々とすみません。以上がカウンセリングを始めてから2ヶ月の自分の変化と 振り返りです。読んでいただいてありがとうございました。」

途中で心の動揺もあったがのりこえた
 「あと一つ、今日乗り越えることのできた出来事をご報告させてください。今朝6:00過ぎに入院している母から電話がありました。パジャマをよごしてしまい、替えがなくて困っているから、今から持ってきてほしいということでした。正直辛かったです。疲れがたまっていて眠かったので早朝の電話が辛かったこと、母自身がみじめで辛い思いをしていること、なぜ次から次に辛いことが起きるのだろうということ・・・頭の中がパニックで少しの時間起き上がることができませんでした。とにかく今困っている母のために病院に行かなくては・・・と思ってもなかなか体が言うことを聞かない。母も辛いけど自分も辛い・・・入院をしてつらい思いをしている母のために、母の前で優しくできる余裕がほしいけど・・・もって行き場のないくやしさにのどの奥がすごく痛くなりました。」

つらい時はすなおに人の支援を得ればいいと思うと楽になった
 「とりあえずなんとか起き上がって、一緒に頼まれた尿とりパットを近くのスーパーに 買いに行くために、家を出ました。その間にいろいろと感情が巡ったのですが、 今自分の中に起きている苦しみを、少しでも姉に伝えることができれば良いかもしれない、 という考えが見つかりました。
 両親の離婚の件でも、今回自分がうつ病のきっかけに なった出来事の件でもそうなのですが、自分でなんとかしなくては・・・ 人に迷惑をかけては悪いから・・・という思いから苦しいということを母以外の人には 口に出せずに、いつも心の中で抱えていました。平気な顔しているから周りは特に気にせず にいてくれるのですが、実は自分の中ではいっぱいいっぱいで・・・キャパを超えても 耐え続け、ついには自分の心がコントロールできなくなるまでになる。結局 その時には人の助けを借りずには立ち直れないほど心は壊れてしまい、簡単には 修復ができない状態になってしまう。考えてみればその繰り返しでした。
 でも、今回は 違いました。一人で抱えることが今は良くても、結果後でもっと大きな迷惑を周りの 人たちにかけてしまうことになってしまうかもしれない。それよりはまだ自分の中でも 大きくなっていない苦しみを少し吐き出して、助けを求めることは悪いことでは ないのではないか。そう判断ができたのです。それは、逃げではないし、まぎらわし行動 でもないのでは・・・きっと自分の心のためにも、周りの人のためにも、母のためにも 大切な選択だろうと思いました。
 それで、心はスッキリ。余裕を持って母のところへ行くことができ、「つらかったね・・・」 という言葉をかけてあげることができました。
 家に帰ってからとりあえず泣きました。辛いからではなくて、なんだかいろんなことに 感謝の気持ちで。泣きながら母のパジャマを手洗いして、呼吸法で心を落ち着けたあとに、 反応パターンの振り返りをするために苦悩の循環図を書いてみました。 全然平気なんです。前の自分だったら間違いなく帰ったらすぐ寝ていた、 というか寝込んでいたのに、寝てまぎらわすこともしなかったし、ちゃんと朝食を食べて、 洗濯もして、好きな楽器をやってみたい気持ちになったので、音楽を聴きながら好きな楽器を吹くことが できたのです。姉にはまだこのことは伝えていないのですが、姉の負担にならない程度の 報告で大丈夫そうなくらい、心は落ち着いています。」

雨がふったらかさをさせばいい
 「この経験から得たこと・・・ 今までの自分は雨が降っても傘も差さずに、ひたすら走っていました。 なんで自分のところばかりに雨が降るのだろうと思いながら。 嵐になっても雨宿りをすることなく走り続けて、ついに体がボロボロになって 倒れて、起き上がることすらできなくなっていました。 いろんな人に助けられて、なんとか元気を取り戻せたけど、今度は 晴れの時でも傘を差していないと不安になるくらい、臆病になっていました。 でも、違うのですね。雨が降ったら遠慮なく傘を差せばいいのだし、 晴れているときは思いっきり、太陽を浴びればいい。 晴れの日もあれば雨の日もある。雨が降っても嘆かずに、雨から 学べることを学べばいい。せっかく傘があるのだから、ちゃんと活用して。 そして、晴れの日を待つ。晴れの日にたくさん太陽の光を浴びたら、 今度は日焼けをしすぎないように、日傘をさせばいい。 それでいつもいい塩梅でいられたらいいな。 ってなんとなく詩人のようになりましたが、そんなことを悟れました。
 自分自身の力にするには、まだまだ訓練が必要だと肝に銘じておりますが、 ここまでの回復のためにたくさんのアドバイスをいただいたことに心から感謝しています。

 本当に長々と失礼いたしました。 ありがとうございます。

 夜は気晴らしに東京にプロのブラスバンドの演奏会を聴きに行ってきます。 自分の心の健康を大切にしつつ、母の看病ができたら・・・今できること を楽しみながらやっていきます。
 また次回のカウンセリングでお会いできることを楽しみにしています。」

演奏会を聴きに東京へ
 この頃、演奏会を聴きにいきたくなったので、演奏会にいった。こんな意欲がでたことが嬉しくて、メールで報告しました。
 「おかげさまで昨日はとても素晴らしいコンサートで、心を癒すことができました。 うつのひどかった頃は、家で音楽を聴くことすら苦痛だったので、また大好きな音楽を穏やかな気持ちで聴けるようになって、本当に嬉しく思います。
 昨日は高校の恩師が出演されていたコンサートだったのですが、10年前と比べても格段に 素晴らしい演奏をされていて、大変感動しました。人の成長は、努力を続けることでどこまでも果てしなく続くものなのだと、あらためて勇気をいただきました。
 教えていただいた技法は、まさにその通りだ!と心から思うことができたので、素直に実践することが できました。うつ病になるしくみを説いていても、治すためにはどうすればいいのかは書いていない本であったり、 こうすれば治る!ということを書いていても、なぜそうすることが良いかを書いてはいない本であったり、 今まで出会ったことにはその理論的な説明がなかったのです。自分の頭で理解してからでないと、 見たもの聞いたことを信用できない私には特にぴったりだったのかもしれません。
 あときっと、うつで起き上がることもつらいような状態の時にお話を聞いても、理解する能力も衰えていたでしょうし、 苦しさに負けて信じる気持ちも、実践する気力もなかったかもしれません。そしたら、こんなに素晴らしい 技法を習得することもできずに、今もうつの苦しみのなかにまだいたかもしれません。 まさにこのタイミングで出会ったことにも意味があったのだと思います。
 いろんな人がいますから、全員にあうカウンセリングはないのかもしれませんが、一人でも多くの人がこの技法を習得して、うつやパニック障害の苦しみから解放されてほしいと、願います。」
4)薬を減らしていく
 6回目のカウンセリングで、薬についての話がありました。「抗うつ薬は、主治医の 了解をえてやめていくといい。将来、女性は出産あり、種々の病気もする可能性がある。飲み合わせが問題になるだろう。副作用もある人がいる。症状が軽くなったら、医者に相談しながら、減薬、断薬をするのがいい。」という話でした。
 それを聞いて、自分がすでに服薬していることが心配になり、服薬は間違っていたのかと不安になりました。しかし、この時にも、呼吸法により落ち着くことができ、冷静な思考判断ができました。

薬のこと

 「この間のカウンセリングの中で、薬についての話題がありましたが、あの後いろいろと考えました。 カウンセリングの日の少し前に病院に行ったときに、減薬の話を主治医の先生に相談したところ、 うつが落ち着いてからも、3ヶ月は同じ量で続けたほうがいいとの回答でした。
 今、一日の最大量の1.5倍の量を飲んでいるので、そのことはうつが改善した今では 精神的に苦痛です。薬の力よりも心理的なもののほうがうつ改善に大きく貢献したのだとも 自分自身思っています。 この間のカウンセリングのお話しを聞き、私の中に迷いが生まれてきました。
薬を飲み続けることは良くないのでは・・・、でも勝手に減らすわけにはいかないし・・・ そもそも薬自体飲むべきではなかったのではないか・・・朝目覚めてからその思いが巡り、 少し考えこんでしましました。こういうときこそ、呼吸法をやらなければ。このまま考えこんで しまったら、元の自分に戻ってしまう。ここが踏ん張りどころだ。と、とにかく落ち着くためにも 呼吸法をやってみました。そうしたら、とりあえず今考え込んでも仕方ない。飲んでいるという 事実は変えられないのだし、考えて悩むことは自分を苦しめるだけだ。と、いう答えがみつかり、 他の行動に移して考えをとめることができました。後で、冷静になってからゆっくり考えてみました。
 やっぱり自分には薬は必要だったのだと。症状がひどくて布団から出るのも苦しかった頃は、テレビも 観ることもできませんでしたし、もちろんパソコンを開くこともできませんでした。一人でどこかに でかけるのも大変なことで、誰かと一緒でなければどこかに行く気にもなれませんでした。 とくに強迫観念も強くて苦しめられていたので、あの時きちんと薬の投薬を受けていなければ もしかしたら死んでいたかもしれません。苦しすぎて楽になりたくて死ぬことばかり考えていました・・・。
正常な判断もできないほどのうつの状態では、薬の服用は仕方なかったのだと考えることにしました。ただ、薬だけでは完治は望めないことも身をもって知りましたので、やはりある程度のうつ状態の落ち着きが見えてきたら、このような心理療法はとても重要だと思います。
 いろいろな人がいるのでどの治療法があうのかもひとそれぞれで、これという答えはないのかもしれませんが、 薬物療法と心理療法を上手に利用して、一人でも多くのうつで苦しんでいる人が救われるように なってほしいです。私は幸運なうつ病者だと本当に本当に感謝しております。」

(*筆者注)重症のうつ病に薬物療法は効果があることが確認されています。また、心理的ストレスでかかったうつ病ならば、ストレスから解放されて症状が軽くなれば、医師が減薬、断薬をすすめることが一般的です。再発を繰り返す人は、服用し続けることも行われています。 減薬、断薬は、主治医の助言をえながらすすめるべきです。


減薬の開始


   カウンセリングを開始して、1カ月半くらいたったころ、(7回目のカウンセリングを受けて、1週間の後)病院での診察の際、お医者さんから減薬を提案されました。この頃はかなり活動もできるようになっていて、その日も病院に行く前に、銀行、郵便局、携帯ショップ、美容院、と今までの自分からは想像もつかないくらいに活動できていた日で、心も晴れ晴れとしていました。そして、ついに減薬開始。症状が落ち着いても、しばらくはこの量でと、言われていて半ばあきらめていたところ、先生のほうから「してみようか?」との提案でした。薬にお世話になってから8ヵ月。他の薬に変えるのを拒み続けて、1日の最大量の1.5倍までになっていました。生きているだけで精一杯で、うつのひどかったころは、減薬できる日が来るとは信じられませんでした。本当に嬉しかったです。

5)カウンセリングも薬も卒業

カウンセリング、ひとまず修了


   初回の面接から、ちょうど2か月、8回目のカウンセリングに行きました。
 症状が改善して、安定したので、カウンセリングにこなくて、しばらく、自己管理でいいことになりました。1か月後に、面接に行くことになりました。
 減薬する場合、何か感覚の変化や不安を感じても、すぐあわてて、薬にとびつかずに、その感覚などをそのまま観察してしばらく我慢してみなさいとのアドバイスがありました。ついに、カウンセリングも、一段落。
 「この病気になって沢山の人のおかげで命拾いすることができて、最後に背中を押してくれたのが、お二人。マインドフルネス心理療法にで会うことができなかったら、今頃三途の河を渡っていたかも病気になる仕組みと抜け出すために大切なことを、8週間かけて教えてもらって、今日が最後の日。」

 その1週間後、かねてから行きたいと思っていた九州を旅行しました。親戚の人たちにも会うことができ、本当に楽しい旅になりました。
 その2週間後(7月中旬)、病院での診察により、薬の量がまた減りました。一番ひどい時で一日の最大量の1.5倍の6錠だったのですが、その半分の3錠になりました。
 前回のカウンセリングからちょうど1カ月後、カウンセリングに行きました。結局、これが最後のカウンセリングとなりました。初めてうかがってから、3カ月。あとは、呼吸法や生活実践を教えられたとおり、自分でやっていけば、大丈夫とのことでした。「ただ、断薬の時、離脱症状がおきるかもしれない。また、就職などの時、不安が渦巻くかもしれないが、受け入れていくように。もし、必要ならば、連絡するように。」との助言を受けました。

投薬の完全停止、通院不用


 カウンセリングは終わりましたが、薬の服用は続いていました。教えられた呼吸法、行動活性化の教えは自分ながら実行していました。 カウンセリングを開始してからすぐに、抑うつ気分は改善されましたが、だるさ、吐き気、めまいなどの身体症状は後まで残っていました。先生(*筆者)から、それもうつが治っていく過程であり、確実に快方に向かっているとの助言をいただいていたので、症状があっても慌てることなく、体調のすぐれない時は静かに休むことを心がけていました。
 先の減薬から約1か月後(8月29日)、病院で先生から、診療終了を告げられました。身体症状も軽くなり、薬の副作用のほうが強くなってきているように感じたので、薬を飲まずに様子を見ていました。そのことを先生に伝えたところ、薬を飲まずに症状も落ち着いているのなら、このまま診療終了としよう、とのことでした。ついに薬も通院も卒業。こんな日が来るなんて思えないくらい、苦しい日々だったから本当に嬉しかったです。
 薬物療法を開始して、10カ月、カウンセリングを受けてから、4か月。  通院修了のことをメールで先生(*筆者)に報告しました。
 「先日、やっと病院より薬の服用と診察終了の許可がでました。1ヶ月前から副作用のほうが強く出るように感じられ、2週間ほど前から服用をやめて様子を見ていたのですが、減薬を徐々に進めていたおかげか、断薬による禁断症状で苦しむことはなく、無事に服薬を終了することができました。
 こんなに早く薬から離れられる日が来るなんて、あの苦しみの日々から考えたら夢のようです。マインドフルネス心理療法のおかげだと、本当に本当に感謝しております。」

<カウンセリング修了の翌年>
再就職、再発、すぐ回復、もう再発しない

 うつ病が治り、普通の生活を送ることができるようになり、再就職も果たすことができました。しかし、ここに大きな落とし穴がありました。あの苦しみから脱出することができたのだから、もう二度とあんなに辛い思いをすることなどないだろうと、甘く見ていたのかもしれません。思い通りに体が動くことが嬉しくて多少無理をしてしまっていました。新しく始めた仕事は、体力を必要とする仕事であった上に、拘束時間も長く、休暇が少ないという、うつ病が治ったばかりの体にはとても厳しい条件ではありました。そこに仕事上のストレスも重なり、再就職からわずか半年でうつ病を再発してしまいました。 病院にも通い服薬治療も始めました。
 もう再発することもないだろうと思っていただけに、落胆は大きく、また苦しい時間を長い時間味わうことの恐怖と不安に苛まれました。しかし、一度治った経験はしっかり生かしたいと思い、マインドフルネス心理療法で教わったことは、毎日できる限り実践するようにしていました。 まず、前頭前野とセロトニン神経を活性化するような生活を心掛けました。
○呼吸法を実践する時間を持つ
 呼吸法はうつ病であった時期はもちろん、うつ病が治癒してからも極力続けていました。 今でも、緊張する場面やストレスがかかっている状態のときは、自然と呼吸が浅くなることがあります。そういうときはすぐに呼吸法を思いだし、深い呼吸に切り替え自分からリラックス状態を作るようにしています。当時の毎日の呼吸法が今でも活かされています。
○朝ごはんをきちんと食べる(バナナ、乳製品、などを積極的にとる)
 うつ病のときはどうしても朝起き上がるのが苦痛で、どうしても布団から出ることができない日も多いものです。しかし、起きて朝ごはんを食べることで脳の大切な機能を持つ部分がしっかり働くことを考えると、多少勇気を振り絞って起き上がって朝ごはんをしっかり食べたほうが体も楽になるということになります。朝食を作ることで脳も刺激され一石二鳥です。噛むことでセロトニン神経も活性させるので、なるべく咀嚼をするようにしましたが、どうしても作るのが億劫な時は、バナナと牛乳とヨーグルト(砂糖入り)をミキサーにかけてドリンクにして飲んでいました。とにかく「朝」を大切にしました。
○体が辛くてもなるべく横にはならず、背もたれに頼っても良いので座位を保つようにする
 脳幹にある縫線核を刺激してセロトニンを分泌させるには、横になった体勢よりも座位や立位のほうがよりよいということを教わり、昼間は極力座位を保つようにしました。
○目の前のことに集中することで、余計なことを考えない努力をする
 うつ病のときは体が思うように動かなくても、脳の中は考えて、考えて、考えすぎている状態であることが多かったように思います。思考回路が鈍っているのに、余計なことをこれでもかっていうくらいに考えてしまい、自分を苦しめていました。しかし、過去の後悔や未来の不安にとらわれずに「今」に集中することの大切さを教わり、思考の悪循環に陥ってしまうときは、目の前の事柄に集中をして意識的に悪循環から抜ける努力を繰り返し行いました。例えば、茶碗洗いをしているときは茶碗洗いに集中する、ただそれだけのことですが、なかなか難しいものです。しかし、これも訓練するうちにだんだんと身についてきました。
○(少し体が楽になってきたら)とりあえず動くようにしてみる
 億劫な時に一歩を踏み出すことは中々難しいものです。億劫だと感じたときに、「嫌だな」という感情を膨らまさずに、とにかく動いてみる。そうすると、自分が思っていた以上にスムーズに動けたりします。自分の一時的なマイナス感情に流されずに、まず動いてみることを心がけました。
○必ず治ると信じる
 初めてうつ病を発病したときは、何をしても良くならずにこの苦しみが一生続くものだと思ってしまっていました。しかし、マインドフルネス心理療法に出会えておかげで私はうつ病を克服することができました。再発をしてしまったことはとても残念で悔しかったけれど、一度克服できたことで、必ず治るという自信もありました。だから、治ると信じて弱気になりそうな気持ちを維持するようにしました。
○凝り固まった考えを少しずつなくし、受け流す努力をする
 せっかくうつ病を克服できても、ストレスを受けたときの対処法を自分の中で少しずつでも確立しておかなければ、また何度でも再発してしまうのではという不安がありました。 だから、起きたことに意味を見出し、受け入れ、必要なことは自分の中に留め、必要のないことは流してしまうように、考え方を変える努力をしました。生きている限り、なにかしらのストレスは必ずつきまとってきます。そのたびに、「辛い・辛い」と嘆いていても、状況は変わりません。それなら、マイナス感情で自分の体や心を苦しめないで、その時間を少しでも短くする努力をしたほうが良いです。過去のことに後悔し、未来のことを不安に思いながら生きるのではなく、「今、ここ」を大切生きる、そのことをいつも意識しながら過ごしました。

すぐに回復
 うつ病が悪化しないようにいろいろと工夫したおかげか、再発後一時は相当しんどかった体調もその期間が長引くことなく楽になっていきました。 仕事を辞めた3ヶ月後に、友人に紹介してもらった居酒屋でアルバイトを始めました。夜なら比較的楽に動けるようになっていたところだったので、朝からの仕事で無理をするよりは、動ける時間に働いて、少しずつ社会復帰できるような道を作りたいと考えました。 仕事自体は決して楽ではありませんでしたが、毎日5時間から6時間体を動かしていたことが、あと一歩でうつ病が克服できるという体の状態には逆に良かったようです。体を動かすと脳もそれにつられてどんどん元気になっていくような感覚でした。脳が元気になると人とのコミュニケーションも苦ではなくなり、本来の自分の明るさをこのバイトを通して取り戻すことができました。再発してから始めていた服薬も一度目のときよりもすんなりと終了することができました。
 居酒屋のバイトを始めて10ヶ月くらい経った頃に、昼の仕事を始めました。1日6時間の大学の派遣事務の仕事でしたが、かなり難しい内容の仕事も任され、毎日が充実していました。その仕事は2年間の契約をしっかり満了することができました。

大学卒業<カウンセリング修了後5年経過>
 その後、また別の派遣の仕事で薬局の事務の仕事を始めました。この仕事は8時間のフルタイム勤務で、責任の重い仕事でもあります。始めてから1年半経ちますが、体調を崩すこともなく働き続けることができています。
 なかなか、進まずに苦悩していた通信制の大学の勉強ですが、無事に全ての単位を取得することができ、カウンセリングを受けた年から5年後の春卒業することができました。最後の1年で仕上げたレポートは約40課題で、原稿用紙にすると160枚以上にもなりました。全く動けずにベッドの上で一日中悶々と過ごしていた自分からは想像できないようなことですが、やり遂げることができました。大学を無事に卒業し、目標を一つ達成できたことは、大きな自信にも繋がりました。大学では心理学を学びましたが、自分自身が体験したこともそこに併せて、いつか自分と同じように苦しむうつ病の患者さんの病気克服を手伝いできるようなカウンセラーになることが、次の自分の目標です。
 再発したうつ病を克服してからは、一度もうつ病を再発することはなく、心も体も元気に過ごすことができています。この数年の間には、昔の自分だったら耐えられないような辛い出来事も沢山ありました。しかし、多少、落ち込む時間があったとしても、すぐに切り替えて明るく前向きに生きることができるようになりました。

もう再発の不安はない
 この先、またうつ病になるのでは・・・という不安は、もうありません。マインドフルネスで教えていただいたことを実践し続け、自分の人生で起きることを受け入れ続けていけば、もう再発することは決してないだろうと思うからです。
 辛いことが起きない人生が幸せなのではなくて、どんな困難でも乗り越えていける力を持つことが幸せなのではないかと思います。落ち込んだり、泣いたり、悲しんだり、負の感情も大切にしつつ、ただし、そこに留まり続けることはせずに、これからも進んで行けばきっと大丈夫だと思っています。
 マインドフルネスに出会えたことに感謝しつつ、これからの人生を大切に生きていきたいと思います。