うつ病・心理的相互交流
=他者との交流は、前頭前野の働き
うつ病は、セロトニン神経だけの変調ではなさそうである。前頭前野の変調もある。今回は、この前頭前野の「心理的相互交流」機能を指摘している研究をみたい。
- (注)引用した記事は、「Clinical Neuroscience」(月刊 臨床神経科学)、中外医学社、Vol.23、による。
社会的能力や心理的相互交流とは、次のような働きである。前頭前野が関係している。
「眼窩前頭葉皮質は、社会的行動を制御し、社会的能力を向上させている領域であると考えられている。
適切な社会的能力や心理的相互交流とは、すなわち他者の意図や集団内の人間関係を適切に把握し、騙されたり、孤立したり、敵を作ったりすることなく、有利な立場に立てるように社会の中で他者と「うまくやっていく」ということである。そのためには、社会の中で生きる重要な能力のひとつであるToM能力、すなわち、与えられた環境に適応し、他者の精神状態を推測し、言外に込められた他者の信念や皮肉を理解し、社会的無作法をすることなく、心理的相互交流を交わす能力が必要とされる。時には、他者への共感とも、心の読みあいともなるこの能力は、ひいては利他的行動、自己の社会的成功のための行為、宗教的行為などの長期的展望に基づいた意思決定による社会的行動となると考えられている。」(645頁)
この働きは、眼窩前頭葉皮質(OFC)、内側前頭前野(MPFC)、背内側前頭前野(DMPFC)、背外側前頭前野(DMPFC)などと関連がある。
「すなわち、ToM能力のなかでも、特に複雑で優美な処世術、高次の情動発現あるいは長期的展望に基づいた意思決定を通して適切な社会的行動に結実していく能力が、眼窩前頭前野と関連があると考えられる。」(646頁)
「近年の脳機能画像研究の知見によれば、他者の精神状態を推察する(mentalizing)際にはOFCのみならずMPFCも活性化されることが共通の見解となっている。」(646頁)
「近年の脳機能画像研究によれば、自己と他者の精神状態の推測には dorsomedial PFC(DMPFC) も重要な役割をはたしているようである。以上の報告より、自分自身および他者における精神状態の推測には、MPFC と DMPFC)の活性化がおこる。」(646頁)
ある種の精神障害(自閉症や統合失調症など)に、これが障害されている場合があると指摘している。うつ病(気分障害)との関係をみると、寛解になってもうつ病者には、ToM能力が欠損しているという。
「前頭前野は、気分障害の病態生理に重要な役割を演じるとされている。著者らは、寛解した気分障害患者にToM能力の欠損が生じていることを初めて明らかにした。ToM能力の欠損は、心理的相互交流に支障を生じやすくさせ、適応的な生活に破綻を生じることにより、気分障害を引きこしうると考えられる。」(647頁、山梨大学井上由美子氏他)
うつ病の人が、薬物療法などで寛解に至っても、なお、前頭前野に脆弱性が残っていて、この能力の回復が不十分で、無作法なことをする可能性があり、自分でもコミュニケーションを回避する傾向があることを自覚する。そのことにより、すぐに、復帰することを困難にしているであろう。復帰までに、ToM能力の回復を支援する必要があることを示唆する。復帰までに、前頭前野の回復も必要であるから、完治までに、しばらくかかりそうである。うつ病の人の社会復帰のために、こういうことも配慮した支援が望まれる。セロトニン神経も、薬物療法では、シナプス部位での、再取り込み阻害の作用しかなく、縫線核の働きは、低いままだとも言われていて、うつ病は、寛解になっても、脆弱性をあちこちに残しており、復帰には、配慮が必要であると思われる。
そこで、心理療法の一貫として、しばらく、居場所に通うとか、理解ある作業所、企業などに通うなどして、やや多くの他者との心理的相互交流のリハーサルを行うことがいいのではないかと思う。そういう場所づくり、カウンセリング所と作業所との連携をはかることで、心理的相互交流をはかり、復帰の準備とするのがよいであろう。