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第2章 弁証法的行動療法(DBT)

 第2章は、弁証法的行動療法(DBT)である。薬物乱用者や自殺未遂を繰り返す重症の「うつ病」、境界性人格障害など(ほかの適応症は、最後に)患者に適用される。
 ここでも、アクセプタンス、マインドフルネスは、重要な用語であるから、ここに再録しておく。
  • アクセプタンス=与えられているもの(感情、思考、症状、身体感覚など)、「今、ここ」で経験しているものを、判断を介さず受け取ること。(36頁)
  • マインドフルネス=「マインドフルネスの状態とは「ある特定の仕方で注意を払うこと、つまり、目的にそって、当該時点において、無評価的に注意を払うこと」を含むものである」(186頁)
    「アクセプタンスを行うためには、当然、注意を向け続けること、判断を避ける(あるいは素早くそれを解き放つ)こと、さらに覚醒の程度に気を配ることなどに対して、マインドフルネスに関わる必要がある。」(249頁)

 第2章は、弁証法的行動療法(DBT)である。薬物乱用者や自殺未遂を繰り返す重症の「うつ病」、境界性人格障害など(ほかの適応症は、最後に)患者に適用される。

 ある真理(テーゼ)が主張される、だが、それに対立する真理(アンチテーゼ)が主張される。しかし、現実、実際は、そのどちらでも解決せず、別な方法(ジンテーゼ)で解決される。このような方法で、心の病気の人の支援をしていく新しい手法として、弁証法的な行動療法が行われている。

 「現実は活動であり、出来事ではない。休息ではなく、運動である。根本的に、矛盾する真理は立ち並んでいる。見かけ上対立する出来事や言説は、存在するためにお互い高度に依存しあっており、時間を超越したさらなる抽象のレベルで解決できる。」(54頁)

 部分(自分)と全体(世界)との関係はこういう。

 「世界は我々の行為により変えられ、我々自身も変わる。したがって、将来の相互作用は、異なる文脈(世界と自己)に関わる。」(55頁)

 これは、自分をとりまく環境、世界は、自分には、どうしようもないと考えて、自己否定の極限にいる患者に対しては、世界は自分と対立するものではなくて、自分が世界、環境を変えていくことができる、そして、世界が変わると、自分も変わる。このように苦しい状況にある自分も、世界も、自分の行為によって変えることができる。こういう期待と方針で、カウンセリングしていく。この弁証法を理解でき、それを基礎とした治療技法を提供できるカウンセラーが、DBTによって、重症の患者を治していくのである。 自己洞察瞑想療法(SIMT)も禅を基礎にしているので、この弁証法的な助言をクライエントにする。自己嫌悪、自己否定の思想をもつクライエントが多いが、「自己と世界(他者)は対立するのではない。自己は、自己と世界を変える能力を持つ」「自己は、思想や分析などで存在するのではなく、思想、思考を超えた存在である」と訴える。(この段落は、大田の解釈と助言法)

 禅は弁証法の一種と考えられている。これが、真理だ、いや、それは違う、というような精緻な詳細な分析的な手法では、人間の現実の苦悩は救済されず、議論・分析を超えた実践によって救済されていくというのが禅である。仏教の十二支縁起説も、似たようなものである。あまりに精緻な精神分析、世界分析よりも、現実の自分の心の作用を観察して、分析的な概念・思想への執着から離れることで、救済されるとする。 (この段落は大田の解釈)

 DBTは、禅との関係が深い。この弁証法的行動療法でも、坐禅に似た実践が中心となる。次のように、「禅」が言及され、技法にも、坐禅または、坐禅に似た、アクセプタンス、コミットメント、マインドフルネスの技法が用いられる。 アメリカの心理療法者は、禅に相当の造詣が深く、敬意を払い、臨床心理学に取り入れている。日本では、禅の潜在的な偉大な貢献について、勉強不足のようである。

 「マインドフルネスは弁証法によって要請されるとともに、DBTの中心にある。それは治療者の実践であるとともに、クライエントに教えられる中核的なスキルである。」(58頁)
 「マインドフルネス実践のルーツは、東洋、西洋双方の精神修行に共通の瞑想実践にある」 (58頁)
 「これらのスキルを定式化する際、DBTは主に禅の実践から引いているが、スキルは西洋の黙想実践や東洋の瞑想実践と一致している。」(59頁)
 「の概念である「すべてはあるべきようにある」は、現実のスナップショット的な見方ではなく(我々は皆すべてがこの瞬間において完全でないことを知っている)、むしろ、現実は条件に依存して展開するという性質(前から存在する条件を考えれば、物事が別様にあり得ようか)や、評価は普遍的に本来備わっているものではなく、人間が生み出したものであることを認めること(どの基準に基づいて誰にとって完璧なのか)について言及している。かくして、(掴み、取り、捕えられることと関連する)アクセプタンス体験は、「悟り」の体験であり、文脈に自らを開き、軽率に理解に飛びつこうとするのではなく、理解するまで待つことを目指し、苦痛を解決されるべき問題としてではなく、クライエントと我々自身の理解できる結果として認める体験である。」(59−60頁)

 「アクセプタンスの実践の中には、現在の瞬間に注意を集中し、「妄想」でなく現実をあるがままに見て、価値判断せずに現実を受け容れることが含まれる。実践は、それを学ぶものに、悟りの障害となる愛着を手放し、巧みな方法を用い、中庸を見つけることを勧める。は、それぞれの瞬間はそれ自身で完全であり、世界はあるがままで完璧であると教える。は、変化の代わりに、アクセプタンス、正当性を認めること、寛容に焦点を合わせる。最後に、心理学では実験的証拠が必要とされるのに対し、は世界を理解する手段として体験的証拠を重視する。」(61頁)

 「人間はこの瞬間で現実を徹底的に受け入れ、同じあるいは次の瞬間に、現実を徹底的に変えたり、完全に諦めたりできる。徹底的アクセプタンスは、この瞬間における「この瞬間」や「この現実」を許容する全人格的な行為である。それは分け隔てない。別の言い方をすると、現実の一部を受け入れ、一部を拒絶するといった選択を行わない。徹底的アクセプタンスという考えは、「直ちに完全に許容する」ということである。それは、徹底的アクセプタンスは単なる認知的なスタンスや認知活動ではなく、全活動だということを意味する。それは崖から飛び降りることだ、何度も何度も何度も。」(61頁)

効果

 弁証法的行動療法(DBT)では、「マインドフルネスに関するさまざまなスキルは、DBTの中心をなすものであり、その重要性から「核となる」(core)スキルと呼ばれる。」(注1)
 マインドフルネスを中核とする弁証法的行動療法(DBT)は、境界性人格障害(BPD)や他の障害に有効であることが見出された。

 「第U軸のBPDや第T軸の摂食障害に対する治療法としてのDBTを評価するために無作為統制試験(RCT)が実施されてきた。3つの独立した研究室で行なわれたBPDを対象とする試験は、DBTが統制条件より効果的であることを示した。自殺未遂の女性で、DBTは自殺や他の自傷行動の頻度と深刻さ、精神病院への入院頻度と総入院日数、クライアントの怒りを低下させ、治療保持、社会的、全般的な適応を高めることが示されてきた。」(64頁)

 他の障害で、この弁証法的行動療法(DBT)を用いて、無作為統制試験(RCT)が実施されて、効果があったものは、摂食障害、自殺未遂、自傷行動、物質乱用または物質依存、無茶食い障害、神経性大食症、うつ病などであった。(64頁)